やる気がでない受験生・社会人はこれを見ろ。
東大を目指す大人気マンガ『ドラゴン桜2』の名言集です。
ドラゴン桜2のあらすじ
落ちこぼれの学生を東大に合格させ、偏差値36の龍山高校を進学校として再生させてから10年。
龍山高校の東大合格者数はゼロに戻ってしまう。
弁護士の桜木健二は再び龍山高校に戻り、東大専門コース、通称東大専科を新設。
早瀬菜緒と天野晃一郎の2人が東大専科に入り、1年後の東大合格を目指す。
頑張らない
東大専科に入った早瀬と天野。
さあ東大目指して頑張るぞと気合を入れた矢先、なんと桜木先生には「頑張る」ことは禁止されてしまう。
それどころか、「全力」「がむしゃら」「必死」などの言葉も同様に使ってはいけない。
せっかく頑張りたくて東大専科に来たのに、と困惑する早瀬と天野。
といっても、サボってもいいということではない。
当たり前だが、楽して東大には受からない。
では、なぜ「頑張る」と言ってはいけないのか。
それは、「頑張る」という言葉には何の具体性や合理性もなく、「なんのために何をするか」の視点が抜けているからだ。
「頑張るぞ」と言うことで、目的や機能性から目をそらしてしまう。
要するに、「頑張る」の言葉によって、思考停止に陥るなと言っているのである。
頑張ることがダメなのではなくて、「頑張った」という具体性を欠いた一言で終わらしてしまうのがダメなのだ。
精神的に盛り上げるだけの言葉ではなく、目的を考えた機能的な思考をしなければならない。
「今日も数学の勉強頑張った」とか「明日も勉強頑張ろう」ではなく、「数学のこの分野を克服するため、○○をできるようになろう」とか「明日も○○を何ページやろう」とか。
ちなみに、桜木先生も頑張ることなしに受験を乗り越えられるとは思っていない。
そもそも、いくら頑張るなと言ったって、早瀬と天野は頑張るだろう。
ただ頑張れと励ますのではなく、正しい頑張り方を教えるのが教師の役目。
今回の学生である早瀬と天野は、平均レベルの学力はすでに身に着けている。
その点、中学レベルから復習する必要があった前作『ドラゴン桜』の水野と矢島とは違う。
ある程度の学力がある生徒に頑張れと言っても、ただ量をこなして満足してしまう可能性がある。
桜木先生は、生徒の状況をきちんと把握して、精神的だけの言葉を使うなといったのだ。
幸せとは 金と健康
さっそく東大専科を逃げ出した早瀬に対し、お前は不幸になると言い放つ桜木先生。
なんで不幸になるなんて分かるのか。
幸せなんて人それぞれなのに、なんで幸せになれないなんて言いきれるのか。
そもそも幸せって何なのか。
桜木先生は、幸せとは金と健康のことだとキッパリ断言する。
健康はともかく、幸福とは金のことだというと、ただの拝金主義者に聞こえてしまうが、そういう意味ではない。
実際、桜木先生は大金を手に入れろとは言っていなくて、赤字にならないだけの収入があればよいと言っているだけである。
心身が健康で、最低限の収入があれば、たいていの場合幸せを感じられるだろう。
不健康で生活ができないほどお金がないことに比べれば、それ以外の悩みなど大したことはない。
逆に言えば、自分が恵まれていることに気づいていない人がどれだけ多いことか。
本当はすごく運がいいのに、自分は恵まれていないと思いこみ、ふわふわした「本当の幸福」を探し求めて行ってしまいがちだ。
幸福とは、そんな遠いところにあるのではなく、もっと足元にあるものなのだ。
今、お金と健康に困っていない人は、そのことを十分噛みしめよう。
恥ずかしがるのは自分の損
効果的だと分かっていても、周りの目が気になってしまい、二の足を踏んでしまうことはよくある。
特に語学の勉強はそう。
音読したり、英語の歌を歌ったりするのが有効なのは分かっていても、笑われそうでなんとなく気が進まない。
だけど、そんな理由でやらないのはもったいない。
英語担当の鍋先生は、人は他人のことなど見ていない、自意識過剰になるなと勇気づける。
あなたのことなんて、他人は気にしていない。
多分今ごろパフェ食ってるよ。
別に人に迷惑をかけるわけでもないし、自分を優先するべき。
人の反応を気にして、自分のやりたいことをやめてはいけない。
「恥ずかしいから」ができない理由なら、迷わずやるべき。
失敗したときは笑え
失敗したからといって、クヨクヨ落ち込んでいたってもしょうがない。
失敗したときは笑うしかない。
やっぱ開き直りって大事だね。
落ち込んでいたって、何も解決しない。
笑い飛ばしてさっさと次に進むべき。
本当のバカ
勉強合宿に来た早瀬と天野の2人。
高1の範囲の小テストをやったところ、見るも無残な結果に終わってしまう。
自分が何も分かっていなかったことを思い知らされる。
これまではなんとなく分かったつもりになっていて、自分を過大評価していたのだろう。
今回の小テストも、「完璧ではないけどまあまあできるよな」と思っていたに違いない。
自分がバカであることに気づかないのが本当のバカなのだ。
真に勉強するということは、「自分のバカさ」という厳しい現実に向き合わなければならない。
だから、自分のバカさに気づかない「本当のバカ」の方が、ある意味幸せだ。
現実を直視せずに済むからである。
バカから脱却するのは結構辛いのだ。
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